by SOrow in  

ざっくり文2

kazaさん(@kazaeditor)の配信にまたお邪魔して、お題でちょっとだけ文章を書いてみました。前回以上にざっくりです。

kazaさんが書かれていた小説は下記です。

2.八重霞 春物語/夕目紅 - カクヨム https://kakuyomu.jp/works/1177354054889140841

何というか、相変わらず何でこんな小説書けるんだ……? という畏敬の念が絶えません。世界作りが半端ないなあ……。

以下は私のです。

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 雲一つない晴天というやつだった。頭上には青空が広がっていて、目線を下ろすに従って、徐々に青に白が混じっていく。田畑の向こうに見える山々も、濃い緑に空の青さが上塗りされているようで、その色合いは私にわずかなめまいを感じさせた。
 高校時代の通学路だった。車でならたった四分の道のりが、当時はやけに長く果てしない、終わりのないものに思えたものだった。路側帯は狭く、車を停めれば車線を一本埋めてしまうが、それを迷惑と感じるドライバーはいないだろう。後続車も対向車も、何分かに一台通れば良い方だ。田舎。その言葉が似合う風景だった。人口二十万の街とは違う。市という括りであるのが不思議なほどの田舎。
 私は昔、ここに住んでいたことがある。中学と高校をこの街で過ごした。嫌な記憶ばかりが残っていた。この世の中に、本当に幸せに生きている人なんているんだろうか。そんなことをよく考えた。そもそも、幸せなんてものが存在するのか? お決まりの厭世観。それに浸りながらも、親の庇護下から抜け出す勇気はなかった。社会の枠からはみ出す度胸もなかった。幸せがそこにないことを知っていても、探そうともしなかった。だが、今なら分かる。私はその状況こそが幸せであることを、知っていたのだ。
 懐かしさはなかった。ハンドルを少し切り損ねただけで、排水路にダイブしそうなほど幅に余裕のない道路。そこかしかに黒い補修材が埋め込まれ、段差だらけになっている路面。水田で揺れる青い稲。風に運ばれる土と草の匂い。多くの水田の合間にちらほらと見える、新築のような家と、古ぼけた家。その向こうにそびえる山々。濃い緑色は、空の青に汚染され、輪郭をにじませている。
 懐かしさはなかった。それは当たり前の光景だった。かつての私にとって、そこにあるのが当然で、それ以上の価値も特別性もなかった風景だった。きっと私以外の誰かなら、写真を撮ってSNSにでもアップして、素敵なコメントを残すだろう。だが私の頭には、何の言葉も上らない。それはただの風景だ。誰と共有する価値もない、誰に伝える義務もない、ただ、昔と変わらないようでいて、何の裏切りもなく確実に年代の経過した、よくある田舎の風景。並ぶ水田と電線の向こう、二つの山が重なっている。その輪郭は青い空ににじんでいて、だがそこに融け込むことはない。
 空は青い。雲一つない晴天というやつだった。それが霞んで見えるわけがなかった。青さが霞むわけがなかった。八重霞に包まれたかのように、その青の輪郭が、白くにじむわけがなかったのだ。