by SOrow in  

すごい二択

「何かあった?」
「何かって?」
「何か。こう、悩み事とか」
「とかって何さ」
「何ってまあ、考え事とか?」
「それって悩み事と何が違うの?」
「悩むのは苦しくて、考えるのは楽しい」
「すごい二択だね」
「でも苦しんでるか楽しんでるかは分かるだろ」
「それ分かってどうすんの?」
「苦しいなら優しくするし、楽しいなら邪魔しない」
「へえ」
「うん」
「そう」
「うん」

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ミっちゃん

「だからさミっちゃん」、タクヤは言う。「憎しみは憎しみしか生まねえのよ。それが世界の真理。未来永劫変わらない、見たくなくてもそこにあり続ける、絶対的事実。君が誰かに傷つけられて、憎しみ抱いてその誰かを傷つけたら、その誰かは君を憎むかもしれないし、その誰かに近い人たちが君を憎むかもしれない。これぞ連鎖だよ。憎しみの連鎖。食物連鎖よりも危うくて確実な、世界を滅ぼす真理なのよ。だから憎しみを誰かにぶつけるなんてナンセンスだ。俺たちは人間だろ? 理性をもって秩序を作って社会を維持する人間様。道徳作り上げて救世主をでっち上げて、信仰心で生存本能だまくらかす、偉大なる人間様だよ。快楽だけで動くことにNO突きつけて、快楽生産機構を社会に組み込むペテン師の集まりだぜ。そんな中で憎しみ連鎖させるなんざ、卑小も卑小。ちっぽけすぎる。高邁な精神もって自分は他の人間とは違うって、抗いようのない真理に反逆してこその人間だよ。感情に流されちゃいけない、快楽に流されちゃいけない。いくら辛くても歯ァ食いしばって死に物狂いで這いつくばって、不毛な連鎖を食い止めるんだ。不毛、そう、不毛だよ。憎しみあって何になる。何を得られる、誰が救われる。憎い相手のことを四六時中考えて、仕返し方法考えて、無残な相手の姿想像して人心地ついて、攻撃を実行する。それでどうなる。相手は苦痛の限りを味わった末に死にました、チャンチャン。ハッピーエンドで幕は下りる。フィクションならそれでいい。でも俺たちはフィクションの世界には生きていない。俺たちの人生はそのまま死ぬまで続いてく。その後の人生、憎しみを憎む相手にぶつけて終わったその後の人生が、ハッピーのまま続くと思うか? 自分の頭支配していた憎い相手がいなくなった後の生き方、誰が教えてくれるっていうんだ? だからさ、消せばいいってもんじゃないんだよ。憎しみぶつけりゃいいってもんじゃない。俺たちは人間だ。人間だから、自分の都合の良いように物事計画して実行できる、その知恵がある。自分に絶望しか与えねえ憎しみのことは棚に上げて、憎しみ煽るクズなんざ自分の視界から消し去って、有益に、建設的に生きていく。それがベターな生き方なんじゃないか?」
「じゃあ」、ミチルは言う。「お前があたしの氷結ロング二本勝手に飲みやがった件は、お前の存在をあたしの人生から抹消することで終わりにしてあげようか?」
 それから七秒後、大変申し訳ございませんでした、とタクヤミチルには土下座した。

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したら絶交

 ……ほら、交通事故とかあるじゃん。主役とか家族とかがさ、こう、轢かれちゃって死んじゃうって。いや俺ねえよ。轢いてねえよ、轢いたことねえよ、ゴールドカードだよ。うん、いや免許だけど、ほれ安全運転だべ? スピードもそんな上げてないし……いや動物もねえよ。だから轢いてねえの。……え、マジで? えー……鹿ってやっぱそっかー……轢くと……轢く、っていうか衝突? 正面衝突? 後ろから……いや、もうそのネタどこまで通じんだよ。なあ。
 いやっつーかさ、だからね、ドラマとかの話でさ。うん、ドラマとかで主役とか家族とかがさ、トラックなんかに轢かれちゃうわけじゃん。何? 歴史? ああ、レキシ……轢死ね。うん。そうなった時にさ、加害者って出てこなくね? そう、事故起こした方さ。その事故の加害者出てきてこう、家族なんかとさ、何、ひと悶着? あるようなの。
 あー、まあ刑事ドラマとかだとね。だって犯人メインじゃん。そうじゃなくて、まあドラマじゃなくてもさ、漫画とか何かまあ、フィクション? それでさ、子供の頃お母さんが交通事故で死にました、だから母親の愛情が分かりません、って展開で、事故起こした方ってどうなってんの? って話よ。
 ……うん。あー、まあねえ。何か……でも、存在しないわけじゃないわけじゃん? わけじゃ……うん、何か、どこまでリアリティ持たせるかってことかな。……お前、ほんと極端だよね。いやでも、うん、そうか。まあ、恋愛ドラマでウンコしてるシーンとか見たくないわな。刑事ドラマとかならまだアリだけど、恋愛ドラマでウンコ……うん、いや、うん。スカトロはね。きついよね。ある意味放送事故だよね。炎上だよね。……まあ、話題に……話題にならんとシャレにならんわな。いやー、きついわー、話題にすらならないの……。
 ……っていうかお前さ、それじゃ加害者はウンコなの? えー……まあ、そうかー……。っていうかお前、昼からウンコウンコ言いすぎじゃね? いや俺も言ってるけど。え、マジで。いや漏らすなよ、漏らしたらお前絶交だから、絶対許さねえから、うん、うん……。

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介入される手

 自分の体が自分のものとは思えないような気分に陥ることがある。それは「気分」と言っていいものかは知れないが、ともかくも表現するのであればその言葉以外に思いつかない。
 別に大きくかけ離れるわけではない。
 ただ、そんな「気分」になるだけだ。
 そう、例えば美しいと表される風景が眼前に広がっている時。田畑に埋め尽くされた丘陵、木々が一体となって緑を塗っている山々、綿菓子のような雲を浮かべる真っ直ぐとした青空。
 そういった、いわゆる「美しい自然」の風景を眺めていると、
    私はここにはいない
 そんな気分になるのだ。

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彼女のくちびる

「いつも思うんだけど」、彼女は寝不足が象徴されたような濃い影に囲われている大きな目でファミレスの窓を睨みながら、苦々しげに言った。「夏目漱石とか芥川龍之介とかさ、ほら、三島由紀夫とか、ああいう人たちがもうあたしが生まれる何十年も前に、あんなすごい小説書いてて、それでうちらはそれを全部学べて理解して、その頃よりずっとずうっと沢山のこと分かってるのに、それなのに太刀打ちできないのって、進化っていうか退化してるんじゃないか、って」
 彼女は喋りながら、ファミレス特有のメニュー表よりも小さく見えるグラスに挿した曲がりストローを唇の端に留めていたが、グラス内のアイスコーヒーが吸われたのはそこで彼女が一呼吸置いてからだった。
「本当ならうちらはもっと、色んなことを理解してるはずなんだよ、世界中にあることたちを沢山」、彼女はファミレスの窓を睨み続ける。雨の夜は光の反射が濃く、彼女の顔の一部をそこに映している。世界が削り取った彼女の一部分、奪われた彼女の一部分。「なのに何で、何で世界は平和にならないんだろう。戦争だってまだあるし、日本だってみんな、みんな悪いことを悪いままにしてる、放置してる、三島由紀夫は何のために死んだって言うの?」
 何のために死んだのだろうか。私はそれをよくは知らない。彼女はファミレスの窓ガラスを睨み続けている。そこに答えがあるのだろうか。私の知らない答えは、彼女の目には見えているのだろうか。
 ずず、と彼女がアイスコーヒーをストローで吸い上げる。氷はほとんど溶けていて、コーヒーがどの程度の薄さになっているかは見当もつかない。アイスコーヒーにいくら氷を入れればそれは、黒さを失うのだろうか。彼女の舌は、アイスコーヒーの薄さをどの程度感じているのだろうか。表情からは窺い知れない。彼女はいつでも不満そうに、細く描いた眉の間をかまぼこの板のように強張らせて、目の端をきつく釣り上げて、唇を尖らせている。彼女の小さい唇は、何かを吸うのに丁度良さそうだった。アイスコーヒーも彼女に吸われるのであれば文句はないだろうと思える。彼女の唇はいつだって、不思議な不満を吐き出して、アイスコーヒーを吸い出すことがよく似合った。